横田早紀江さんが国会で訴えた事

横田早紀江さんが国会で訴えられていたんですね。
私はこれをテレビで見ませんでした。
ニュースでもワイドショーでも見なかった。
何故マスコミは放送しないの ?
それとも私が見逃しただけでしょうか。

【国会中継 参議院 拉致問特別委員会】平成29年5月10日
 前半:https://www.youtube.com/watch?v=qgG3eq82UT4
 後半:https://www.youtube.com/watch?v=Rg4L13_81oE

皆さん、こんにちは。
 日頃はほんとにたくさんの御尽力をいただきまして、ほんとに心から感謝しております。

 この北朝鮮による拉致、という問題は、ほんとに私たちが、めぐみがいなくなって、20年間というものは、全くどこにいたか分からない、何で消えたのか分からない、何にもない、どんな持ち物も出てこない、誰からも連絡も来ない、っていう、不思議なことが一瞬にして起きて、そして、どうしてこの子がいなくなったんだろうといつも、食堂の椅子を眺めて、何でここにあの子がいないの、と言いながら、毎日泣きながら、畳をかきむしって、絶叫して泣きながら、過ごした新潟時代でした。

 何があったのか分からない、ほんとに私たち自身も、親として正しかったんだろうか、誰か悪い人がいたんだろうか、どういう人が関わっているんだろうか、自分でどうかしたんだろうかって、いろんな面から、遺体までも探しながら、もう泣きわめいて暮らしていた新潟時代を、ほんとに今、思いますが。

 北朝鮮による拉致だということが、はっきりといたしまして、それからあとは、ああ生きていたんだ、やっぱり生きてて良かったって、生きてると思ってて良かったねって、もうこれで、すぐにみんな帰ってこれるよって、ほんとに思って、みんな信頼して、私たちは頑張ってきたのですけれども。

 ほんとに今、もう40年も経っていて、しかも家族会、また救う会、全国民の皆様方の、絶大なるご支援によって、拉致問題のために、ほんとに救出のために、多くの力をいただいているにも関わらず、5名の方とご家族がお帰りになったまま、そしてその方たちから、向こうでの様子を、いろんなことを教えていただいて、ああ、そんなふうに暮らしていたのか、かわいそうだったなあって、いろんなことを思いながら、また違った苦しみの中で、頑張ってまいりましたけれども。

 これは、隣国である北朝鮮という国家犯罪によって、金正日の指令によって、工作員が仕立て上げられ、屈強な、そのような人たちが、たくさん、いろんな国々に、散らばされて、そして、他国の若者を、拉致をしてきなさいという指令を出したということが、はっきりとはしてきているわけです。

 そのような恐ろしいことを、堂々と行う国が、すぐ隣にあったということを、私たちはもうびっくり仰天しました。

 その頃はやはり、皆さんも、訴えても、「そんなことってほんとですか?」って、「いやぁ、署名なんて、そんな変な署名できないですよ」って、いうことでですね、署名の板を叩きつけられたり、しながらですね、それでもめげずに、多くの方々に訴えてきまして、署名だけでももう1000万を超える、署名の、束をいただいております。

 ほんとはですね、その署名を、一筆一筆書いてくださった署名簿をですね、私はいつも、どこに置いていただいてるか分かりませんけど、どのぐらいの物の、物量があるんだろうと、1000万名という、皆さんのお心がどのぐらいあるんだろうかと、その署名の前で、家族会はみんな感謝の気持ちで、みんな、国民の方々のこの、署名はこんなにあるんですよって、ありがとうございましたって言いたいので、マスコミの方にそれを映し出して下さいと何度もお願いをしておりますが、なかなか実現もできておりません。

 そしてほんとにこのようなことが、工作員によって行われ、そしていろいろと楽しみに、自分で絵を描いたり、本を読んだり、どんなふうに人生を過ごしていこうかとそれなりに思っていた子供たちが、あっという間に、煙のように、この国から消えてしまって、何十年経っても助けてあげることができない。

 そして、これだけの人たちが、皆さんが頑張ってくださるのに、何にも分からない、めぐみの声も姿も、手紙すらない。
 孫の姿だけは、ほんとに私たちの場合は特に、特別にそれがはっきりとしましたけども、あとのことは全く分からないままで、家族はみんな歳を取っていきます。

 そして、朝鮮総連という言葉が、よく、今はほんとに言われておりますけども、ずーっとこうやって、考えてみると、確かに日本の国内は、平和に見えますが、ひとつよく考えてみれば、そういうふうな国を、悪いことをやっている国の、丸々そのような、ままのような人たちがですね、この日本の国家の中に、ドンと、居座ってですね、建物もあり、そしてその中で、工作員たちが、入ってきては、そこに入って、指令をまた、向こうに伝える、日本のいろんなことを伝える、というようなことが、堂々と行われ続けているのではないのかなと、私は、この頃思っております。

 そのようなのんびりとしたことで、拉致問題だけでなくて、あらゆることが、そういうふうに、行われ続けていれば、それはもう絶対にうまくいくわけはないので、あります。

 そして、今も制裁を、日本国も、いろんな国々が、まあ中国までもが、ようやくちょっと腰を上げてくださってですね、大きな制裁というのが、大きくなってきておりますけども、先日の新聞を見ますと、日本のある企業の、一部の方が、やはり他の所を迂回してですね、たくさんの支援物資を、北朝鮮のほうに流していると、いうことが、はっきりとしたということで、今、取り調べられていると思いますけども、どうしてそういうふうな、国家の中で、そういう日本人でありながら、そういうことをする人がいるのかということが、ほんとに私は信じられない思いなんです。

 もしそれを一人が自分のお子さんが、ほんとに、今日帰ったら、帰って来なかった、消えてしまって何も分からなくなった、そういう思いを持たれた時、それが北朝鮮であったと、いうことが分かった時、ほんとにお一人お一人は、私はほんとにお尋ねしたいんです。
 どんな態度をお取りになるんでしょうか。

 やっぱり、街に立って、街頭署名をなさるんでしょうか。
 いろんな所に行って、講演会をなさるんでしょうか。
 どんなに疲れても、頑張ってあげようと思われるんでしょうか。

 それは、ご自分のお子さんだけでなくて、この国家が、他国によって汚されているということ、堂々とそれが今もまかり通っているということ、そのことを何とかきちっとしない限りは、日本は本当の平和が、来るとは私には思えないんです。

 子供たちは、安倍総理にもお話ししましたけれども、もう日本国家に見捨てられたんだなあって、私たちはあの5人の人以外、みんなもう見捨てられちゃったんだなあって、ほんとに思って、どんな悲しい思いでいるかなあと、毎日思っています。

 お父さんもお母さんも弟たちも、もうしょうがないなあって思っちゃったんだろうかなあって、もう私の座って椅子はどんななってんだろうかなあ、もう立ち退きさせられちゃったんだろうかなあって、思ってると思います。

 私はもう新潟時代に全部涙を流してきました。
 もう涙腺が全部出たような、ほんとにもう、目が悪くなるほど泣きました。
 今はもう怒りでいっぱいなんです。
 ほんとに泣くことはできません。
 涙なんか流してる場合じゃないんです。

 もう早くしないと、もうこの国家が、全体が、汚されていく。
 どんどん、どんどん、まだ見えない汚され方をしていく。
 そして、世界もそれを見ている、っていうような状態では、日本の国家の本当の平和はないと、私は思いますので、どうか、この拉致問題だけは、さすがに日本はどんなに時間がかかっても、最後までやり抜いて、みんな取り返すんだね、あの国はやっぱりやるねって、世界中に思っていただきたいと、新聞にも書きました。
 私は今、そのような気持ちでおります。

 どうか、お一人お一人が、日本人としての誇りを持っていただいて、どうか自分の子供だったら、私だったらこうするって、思う思いで、このことに立ち向かって、北朝鮮に向かって、やっていただきたいと願っております。
 どうぞよろしくお願いいたします。
posted by ロハス at 19:52 | 日記